活動日誌 − 活動報告明るい恵那

【17.04.16】「新聞を読む度に心に嫌悪感が走る」

最後の初年兵さんの随想

JCP恵那
長島町の90歳、最後の初年兵といわれる、元軍人で、戦後衣料品店、その後現在まで不動産業を営まれ恵那市の町づくりに貢献されてきた方から水野功教市議に寄せられた日々の随想の中から御本人の了解を得て「明るい恵那」記載された一文を紹介します。

どうしてこんな非常識が報道されるのか

読みたくない記事も、嫌な文字は目に付く。もうこんな常識を外れたことは消えて欲しい。真実は一つしかない。どうしてこうも子どもでも解るくらいの違いが報道されるのか。いくら報道はありのままを知らせると言っても、その報道する記者のみなさんも私と同じ嫌悪感を抱いておられると信ずる。
 一国の首相が発言をしていてはもう絶句である。市場、学園、教育勅語、100万円のやりとり。こうして書いていても心中穏やかならずである。常識、人としての心情を外れている。どうしてこんな非常識が報道されるのか。どちらもどちらと。しかも国を動かす地位の方々である。私たち一般国民はどう思えばよいのか。もう書きたくもない。

平和憲法が心を癒してくれる

私は今90歳。最後の初年兵で、ビンタやゲンコツ、革帯の痛さと、草やカエルの旨さも知っている。今の日本人の心が変わってしまったのか。今の世の中の反動のなか、私は平和憲法が読む毎に心を癒して呉れる。爆撃で死んだ人々の姿が浮かび、心の中で手を合わせる。今のこの生活が有難く、あの時と比べれば夢のように思える。私のような、あの命がいつ無くなるか解らない戦争中の体験をした者しか、そして今の日本人の国を動かす政治家には、元来日本人の持つ正しい人間性がなくなってしまったのかと訝(いぶか)られる。自分自身でさえ欺くのは気が咎めるのに国政の場で堂々と本当でないことを述べることなどとても考えられない。思い出すだけで心が痛む。なんとした現実jか? どちらかがウソを言っている事がはっきりしているだけに吐き気さえ催す位である。東京の市場のことでも同じである。
 日本人は元々もっと潔ぎ良かったはずである。間違いや迷いは誰でもあるもの。しかし、それを直す勇気こそ日本人同志、赦せるものと信ずる。そこに協調性が生まれるのである。
そうならんものかと願うや切なり。

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